オモシロきコトも無き世をオモシロく

人生をオモシロおかしく

無人の軽自動車と一緒に散歩するオジサンの話

お題「誰にも信じてもらえない体験」

 

とある深夜のできごと。

本当にあったことなのだけど、突飛な内容だけに数十年後には自分の記憶からも抹消してしまいそうなので、一応ログしておくことにする。

 

当時の私の仕事は青果の卸売。勤務時間は12~22時。実際の帰宅時間は23時を過ぎることが多かった。

 会社まではバイク通勤。片道12キロ程度で時間はおおよそ30分だが、コレが電車通勤なら少なくとも1時間は固い。ネクタイと満員電車が死ぬほど嫌いな私には、バイクに乗れて通勤できるだけでもホワイト企業と言える。

その日は小雨降る中の帰路になった。

車載のカッパを着込んで、会社を出たのは23時45分くらい。

私の通勤路は綱島街道綱島街道東急東横線とほとんど並行している。
事が起きたのは東急東横線日吉駅。駅は綱島街道に面しており、反対側には慶応大学日吉キャンパスが居を構えている。

日吉の駅は山の頂に位置しており、駅前には信号が3つある。

山でイメージするならその信号の位置は、中腹・頂上・中腹といったところ。もっともこの三つは各々の距離が20m程度しか離れていない。

その日はたまたま、下りの中腹で信号が赤に変わった。
その信号は車歩分離式の信号のため、歩道が青の時には車道は全て赤信号。

だが……。

反対車線の軽自動車が、ゆっくりとだが前進しているように見える。小雨が降っている中、フルフェイスのヘルメットを被っているので、若干だが距離感にあいまいさが残る。

もう一度、目を凝らして反対車線を見てみると、やはり少しづつだが車が動いているように見える。
その直後に軽自動車の脇を、小走りとも言えぬ微妙な足取りで追いかけるオジサンが現れる。そのオジサンは車の運転席側を並走してくる。日本は左側通行で右ハンドル。つまりオジサンは道路のど真ん中を、車と一緒に並走してるのだ。

事にして30秒程度の出来事なのだが、おぼろげながらも私の勘が働いた。

 

信号待ちの車内で連れと口論になる

 ↓

口論の勢いで車外に出る

 ↓

連れが運転席を占拠し鍵をしめる

 ↓

車をゆっくりと発進させてオジサンをビビらせる

 ↓

オジサンは運転席に駆け寄り 怒る or 詫びる

 

てな感じなんだろうと。

ところが赤信号を無視した車は、一向に止まる気配がないまま横断歩道へと差し掛かる。小雨の降る深夜0時だから歩行者は居ない。そのまま直進する軽自動車が、横断歩道に設置してある大きな街灯の下にきた時、自分の浅はかな想像が打ち消された。

 

はぁっ!?

 

運転席に……。

 

誰もいない……。

 

運転手を乗せていない軽自動車は、いわゆるクリープ現象で前進しているようだった。極まれな車の事故で、サイドブレーキの引き忘れやシフトレバーをパーキングに入れずに車外に出てしまい事故を引き起こすアレだ。
クリープ現象AT車に特有の、アクセルを踏まずとも「ゆっくり」と動き出す現象。

 

しかし、あのオジサン。

 

何してん??

 

さっさと車のドアを開けて、ブレーキを踏みゃーイイものを……。

まるで、ワンちゃんのお散歩。

 

ココまでの時間にしておおよそ1分程度の出来事。ボチボチ、信号も青に変わるころだろう。
私の癖なのか、こうしたカオスに出会った時、誰かと状況(カオス)を共有したいと行動する。後ろを振り向くと、同じく信号待ち中のタクシーが一台。タクシーの運ちゃんに目線を合わせながら、お散歩中のオジサンを指さしてジェスチャーでアピールする。しかし、運ちゃんの反応はイマイチ。私としては、勝手知ったる地元のタクシー運転手が異変に気づき、アクションを起こしてくれることを狙っていたのだが……。

そうこうしていると、無人の軽自動車は徐々にオジサンを引き離しながら、交差点を渡り切ろうとしている。信号は未だ赤。

 

どうしたモノか……。

 

次の瞬間、最悪の妄想が浮かんだ。

私の進行方向は頂上を背にした、「下り」。
無人の軽自動車は頂上を前にした「上り」。

なおかつ、オジサンを引き離しつつある。

つまり無人の軽自動車は、このまま速度を上げながら頂上へと向かい、頂上を過ぎた後は「下り」へと突入する……。ヤバイでしょ……コレ……。

私はUターンをして頂上方向へと引き還し、側道にバイクを停車した。エンジンを止めてヘルメットを外して軽自動車の方へ眼を見やると、頂上までの距離は残すところ10m。オジサンはすでに軽自動車よりも2~3m後方をお散歩中。私は雨の中ダッシュで軽自動車を追いかけ、運転席へと駆け寄る。一瞬、脳裏をよぎったのは「インロックされていたら……」。オジサンはもしかして、無人の軽自動車に置いて行かれたのではなくて、何かの拍子で「インロック」された無人の軽自動車を諦めたのではないか?と……。

しかし、不要な老婆心だった。
事もなく運転席の扉を開け放ち、座席に飛び込むようにしてサイドブレーキを思いっクソ引いてやった。

いや~、サイドブレーキの効くこと! 効くこと! 驚きでした。

走行中にサイドブレーキなんて普通使いませんし、頭も結構パニック状態ですし、一切の加減と躊躇もなく、思いっクソ、思いっクソ、むしろクソっ、「なんでこんな雨の日に無人の軽自動車のサイドブレーキ引いてんだ!!」ってくらい、クソっ!! って。

そしたら、「ガコッ」って音と伴にヘドバンするようにして車は止まったわけですよ。

即座に運転席に座り直し、ブレーキを踏みシフトレバーをパーキングの位置に戻す。車のエンジンを切る。我ながらスマートな対応でした。

無人carの飼い主は、ようやく車の後方までたどり着いていました。私はオジサンに近づき状況を聞くことにしたのですが……。

 

・状況を理解できていない

・ろれつが回らない

・目がうつろ

 

ちょ~っと、ヤバイ感じです。
一応、運転席まで連れて行って座らせてみたのですが……ヤバい……。
さらには「もう大丈夫です」と言って、鍵を回してエンジンをかけようとするもんだから、さすがに鍵を奪い取ったわけですよ。

無人の軽自動車を止めたまではイイけれど、さすがに「飲酒?」「薬物?」の気配がある人の対応までは難しい。鍵を奪ったままにして、オジサンを運転席で待たせて警察を呼ぶことにした。
日吉駅の派出所にも近いおかげて、5分程度でお巡りさんがきてくれたのだけれども……。そこからが長かった……。

原付で現れた2人のお巡りさん。一人が俺に事情聴取、もう一人がオジサンと戯れる。

そう、オジサンはまともな受け答えが出来ない状況だから「戯れる」ことしかできない。そうこうしているとサイレンを鳴らしたパトカーが登場。応援のお巡りさんが2人追加される。

すでに30分以上経過している。

あぁ……。帰りて~。

正気を取り戻しつつあるオジサンを囲んで、お巡り4人でぐーるぐる。私の聴取もまだ終わっていないようで帰れない。しかし今は正気になりつつあるオジサンが主役。私は一人、蚊帳の外。雨の中、煙草を吸う。

一人のお巡りさんが、私の聴取に戻ってきてくれた。救われるのはそのお巡りさんが、女性の新米お巡りさん。しかもそこそこ可愛い。
オジサンの聴取内容を少し聞いてみると、どうやら持病もちで数時間前に薬を服用していたようで、お散歩の原因は副作用の影響とのこと。

 コトが起きてから約1時間。私の聴取も終わり、ようやく解放される。
内容だけなら間違いなくヒーロー扱いされるのだが……。

小雨降りしきる中、湿気ったタバコを吸い。小汚いカッパを着込み、事情聴取をされる私。深夜だから人通りは少ないが、皆無でもない。みんなどういう目で私を見ているのだろうか? 私を犯罪者として見ていないだろうか……?

ドラマや映画なら、事件を解決したヒーローは名乗らずに颯爽と去っていくのが定番……。

 

現実は、そう上手くいかない。

 

キッチリと、住所、氏名、年齢、職業を聴取され。
周りからは犯罪者扱い(妄想)。

 

人目を気にせずに、自分の思うままに生きていけるのは「まだまだ先だなぁ」と、痛感したできごと。

 

別に信じてもらう必要はないのだけれど、新米お巡りさんの手帳にだけ刻まれたヒーローをログる。

 

 

おわり